俳優として『ふぞろいの林檎たち』『Dr.コトー診療所』『監察医 朝顔』など数多くの作品に出演してきた時任三郎さん。
時任三郎さんについて特に検索されているのが、1991年に真田広之さん・手塚理美さん夫妻と行った「合同結婚式」です。共通の友人が多かったことなどから、時任さんの提案で2組合同の披露パーティーが開かれました。
また近年はテレビで見かける機会が減ったため「引退した?」「病気なのでは?」という声もありましたが、本人は引退や病気によって出演できないという見方を否定しています。2025年1月には『監察医 朝顔2025新春スペシャル』にも出演しており、俳優活動を続けています。
この記事では、時任三郎さんの合同結婚式の理由から、引退説が出た背景、現在の活動、妻や子供、若い頃まで詳しく紹介します。
この記事でわかること
- 時任三郎さんが真田広之夫妻と合同結婚式をした理由
- 時任三郎さんが引退したと言われた理由と現在
- 妻・千佳さんとの結婚や3人の子供
- ニュージーランド移住や過去の休養
- 若い頃の画像と代表作品
時任三郎が真田広之夫妻と合同結婚式をした理由
時任三郎さんは1991年4月13日、親交の深かった真田広之さん・手塚理美さん夫妻と一緒に、東京・渋谷のライブハウスで合同結婚披露パーティーを開いています。
合同披露宴を提案したのは時任さんでした。2組には共通の友人が多く、それぞれ披露宴を開けば同じ友人たちに二度スケジュールを空けてもらうことになります。
そこで「どちらも披露宴をしていないから一緒にやろう」という話になり、珍しい合同披露宴が実現しました。
引用元:Yahoo!ニュース、ミモレ
合同披露宴には約350人が出席
合同披露パーティーには友人ら約350人が集まり、司会は陣内孝則さんが務めました。
会場には、時任さんと『ふぞろいの林檎たち』で共演した中井貴一さんをはじめ、千葉真一さん、野際陽子さんら多くの著名人が出席したと報じられています。
時任さんと真田さんは若い頃から親交があり、真田さんに手塚理美さんを紹介したのも時任さんだったとされています。
引用元:日刊スポーツ、NEWSポストセブン
当時、手塚理美さんは妊娠6か月、時任さんの妻・千佳さんも妊娠3か月だったと報じられています。
時任三郎は妻・千佳と1991年に結婚
時任三郎さんは千佳さんと1991年に結婚しています。
2人が知り合ったきっかけは、時任さんがパラグライダーのスクールへ行く際に友人らへ声をかけ、集まったメンバーの中に千佳さんがいたことだったとされています。
1990年末にパラグライダー仲間と旅行した際、満月の下で仲間たちに囲まれながら簡素な式を挙げ、その後1991年2月に入籍しました。
その後、同年4月に真田広之さん・手塚理美さん夫妻との合同披露宴が開かれたという流れです。
時任三郎は引退した?現在テレビで見かけない理由
時任三郎さんは引退していません。
近年テレビ出演が少なくなったことから「時任三郎 引退理由」「時任三郎 現在 消えた理由」などと検索されていますが、本人は引退説を否定しています。
2025年1月3日にはフジテレビ系『監察医 朝顔2025新春スペシャル』に万木平役で出演。2026年9月現在も、過去に報じられたような「完全に芸能界を引退した」という状況ではありません。
引退説が出た理由① 映像作品への出演が減った
引退説が広がった大きな理由は、時任さんをテレビドラマや映画で見かける機会が一時的に減ったことです。
2022年12月公開の映画『Dr.コトー診療所』以降、顔を出して出演する作品が少なくなりました。
一方、2023年放送のドラマ『うちの弁護士は手がかかる』ではナレーションを担当しており、表立った出演が減っていた時期にも仕事そのものを完全にやめていたわけではありません。
引退説が出た理由② 個人事務所の代表を長男へ譲った
2023年には、時任さんが自身の個人事務所の代表から退き、長男へ代表を引き継いだことなども報じられました。
こうした動きと出演減少が重なったことで「引退準備ではないか」と見る向きもありましたが、報道の取材に対して時任さん本人は病気で出演できないという見方や引退を否定しています。

病気が理由という情報も確認されていない
出演が減ったことで「病気なのでは?」という検索もされていますが、時任さん本人が病気によって出演できないという見方を否定しています。
そのため、本人から公表されていない病気を推測して、現在の活動量と結びつけることはできません。
むしろ時任さんは以前から、仕事一辺倒ではなく家族や自分自身の時間を大切にする生き方を選んできた俳優です。
2025年に『監察医 朝顔』へ出演
引退していないことを分かりやすく示しているのが、2025年1月3日に放送された『監察医 朝顔2025新春スペシャル』への出演です。
時任さんは主人公・万木朝顔の父である万木平を演じました。2019年の第1シリーズから重要な役を担ってきた人物です。
テレビへの出演本数だけを見ると全盛期より少なくなっていますが、現在は仕事量を調整しながら自身のペースで活動していると見るのが自然でしょう。
時任三郎が仕事を休んだ過去とニュージーランド移住
時任三郎さんは過去にも、人気絶頂期に仕事量を減らしたり、家族との生活を優先したりしています。
現在の出演ペースを考えるうえでも、こうした時任さんの生き方を知っておくと「引退したのでは?」という印象とは少し違った姿が見えてきます。
過去にも仕事を休養した時期がある
時任さんは若い頃、俳優として人気が高まる一方で、自分自身と周囲が抱くイメージとのギャップなどに悩み、仕事から距離を置いた時期があったと語っています。
売れ続けることだけを優先するのではなく、必要な時には立ち止まるという姿勢は、時任さんのキャリアの中で何度か見られます。
1999年から家族5人でニュージーランドへ移住
1999年、当時すでに3児の父親だった時任さんは、子供たちとの時間を大切にするため家族5人でニュージーランドへ移住しました。
現地では俳優の仕事をほとんど入れず、家族との生活を優先。2003年に帰国して本格的に活動を再開しています。
後に時任さんは、子供と過ごした4年間が父親役を演じる際にも生きたことや、役者として再び現場へ戻るためのエネルギーを充電する時間になったことを語っています。
2007年には「素敵なお父さん」とされる著名人に贈られるベスト・ファーザー イエローリボン賞も受賞しています。
時任三郎の妻と子供は?息子・時任勇気も俳優
時任三郎さんと妻・千佳さんの間には3人の子供がいます。
長男の時任勇気さんは俳優として活動しており、娘のCanaさんも歌手として芸能活動をしています。
時任さんは仕事が軌道に乗っていた時期にも家族との時間を優先し、ニュージーランドへ移住しました。俳優としてだけでなく、父親としての生活を非常に重視してきたことがうかがえます。
【画像】時任三郎の若い頃は?代表作を振り返る
時任三郎さんは1980年代から俳優・歌手として活躍し、『ふぞろいの林檎たち』やリゲインのCMなどで広く知られるようになりました。
現在の落ち着いた父親・祖父役のイメージとはまた違い、若い頃は長身を生かした存在感と力強い演技で主演作品も数多くあります。
20代で舞台『ヘアー』から俳優デビュー
時任三郎さんは1958年2月4日生まれ。東京都で生まれ、青森県弘前市を経て大阪府で育ちました。
大阪芸術大学デザイン学科へ進学したものの中退し、上京後に俳優養成所で演技を学びます。
1980年、22歳の頃にロックミュージカル『ヘアー』で俳優としてデビュー。1981年にはドラマ『虹色の森』に出演し、同作の挿入歌『川の流れを抱いて眠りたい』で歌手としてもデビューしました。
大学では当初デザインを学んでいましたが、演劇を経験したことで「何もなくても自分自身で表現できる芝居」に面白さを感じ、役者の道へ進んだと語っています。
『ふぞろいの林檎たち』で注目
1983年、25歳の時に山田太一さん脚本のドラマ『ふぞろいの林檎たち』へ出演しました。
時任さんが演じたのは、エリートの兄妹にコンプレックスを抱く大学生・岩田健一。同世代の中井貴一さんらとともに、当時の若者たちの悩みや青春を描きました。
シリーズは1985年の『ふぞろいの林檎たちⅡ』、1991年のⅢ、1997年のⅣへと続き、時任さんの代表作のひとつとなっています。
引用元:女性自身
中井貴一さんとはその後も長く親交が続いています。『ふぞろいの林檎たち』で活躍した中井貴一さんの現在や若い頃についてはこちらの記事でも詳しく紹介しています。
映画でも主演男優として活躍
1980年代の時任さんは映画でも主演を重ねました。
1983年の『俺っちのウエディング』で映画初主演を果たし、その後『海燕ジョーの奇跡』『ハワイアン・ドリーム』などに出演。報知映画賞や日本アカデミー賞、キネマ旬報ベスト・テンなどでも評価されています。

リゲインCM「24時間タタカエマスカ」も大ヒット
時任三郎さんを語るうえで外せないのが、栄養ドリンク「リゲイン」のCMです。
1980年代末には「牛若丸三郎太」というキャラクターとして出演し、CMソング『勇気のしるし~リゲインのテーマ~』も大ヒットしました。
「24時間タタカエマスカ」というフレーズとともに、時任さんの知名度をさらに高めた代表的なCMとなっています。
俳優だけでなく音楽活動も長く続け、2017年には歌手デビュー36周年を記念したベストアルバム『時任三郎 36 BEST』を発売しています。

40代以降は父親役でも存在感
ニュージーランドから帰国した2003年以降は、年齢を重ねるにつれて父親役や上司役でも存在感を発揮するようになりました。
代表的なのが『Dr.コトー診療所』の原剛利役、『BRAVE HEARTS 海猿』の下川嵓役、『監察医 朝顔』の万木平役などです。
若い頃の主演俳優としてのイメージに加え、子供との時間を大切にしてきた自身の経験も生かしながら、父親から祖父まで幅広い役を演じています。
時任三郎のプロフィール・SNS
- 名前:時任三郎(ときとう さぶろう)
- 生年月日:1958年2月4日
- 年齢:68歳(2026年9月現在)
- 出身:東京都生まれ、大阪府育ち
- 血液型:O型
- 職業:俳優・歌手
- 趣味:写真、アウトドアなど
引用元:NEWSポストセブン
時任三郎のSNS
- X(旧Twitter):@tokito36
- Instagram:@tokitosaburo
SNSでは仕事に関する投稿だけでなく、空や夕焼け、月、自然など自身で撮影した写真も多く紹介しています。
時任三郎の合同結婚式・引退理由・現在まとめ
- 時任三郎さんは1991年に妻・千佳さんと結婚している
- 1991年4月13日、真田広之さん・手塚理美さん夫妻と合同結婚披露パーティーを開いた
- 共通の友人が多く、それぞれ披露宴を開くより一緒に行おうという時任さんの提案で実現した
- 合同披露宴には約350人が出席し、陣内孝則さんが司会を務めた
- テレビ出演の減少などから引退説が出たが、本人は引退を否定している
- 病気で出演できないという見方についても本人が否定している
- 2025年1月には『監察医 朝顔2025新春スペシャル』へ出演した
- 過去には家族との時間を優先し、1999年からニュージーランドへ移住していた
- 妻との間には3人の子供がおり、長男・時任勇気さんは俳優、娘・Canaさんは歌手として活動している
- 若い頃は『ふぞろいの林檎たち』やリゲインCMなどで人気を集め、俳優・歌手の両方で活躍した








