女優として数々の映画やドラマに出演し、1990年代以降はバラエティ番組で天然キャラクターとして愛された中村玉緒さん。明石家さんまさんとの軽妙な掛け合いで国民的な人気を集め、昭和から令和にかけて幅広い世代に親しまれてきました。
しかし2023年に骨折事故をきっかけに活動を休止し、現在は都内の介護施設で療養生活を送っていると報じられています。入居先は、彼女がかつてイメージキャラクターを務めた「介護施設フロンティア」ではないかとも噂されており、ファンの間でも大きな関心を集めています。
また、若き日の中村玉緒さんは「大映」の看板女優として活躍し、俳優・勝新太郎さんとの馴れ初めや結婚も注目を浴びました。
今回は、現在の生活や老人ホーム入居の真相、夫・勝新太郎さんとの出会い、そして若い頃の美しい姿までを詳しく紹介していきます。
この記事でわかること
- 中村玉緒さんが現在入居していると噂される老人ホームの情報
- 2023年の骨折事故から活動休止に至る経緯
- 俳優・勝新太郎さんとの馴れ初めと結婚までのエピソード
- 若い頃の中村玉緒さんのかわいらしい姿と活躍
- 現在に至るまでの女優・タレントとしての歩み
【画像】中村玉緒の現在入居してる老人ホームどこ?旦那との馴れ初めは?
中村玉緒の現在入居してる老人ホームどこ?
引用元:フロンティア介護施設
引用元:news.livedoor
2023年2月、仕事先の名古屋で誤って転倒し背骨の圧迫骨折と診断され、介護施設で療養生活に入ったと報道されています。名古屋で体調を崩す前から、出かけるときにタクシーを呼ぶ際、車道にかなり出てしまったりと、“一人にさせておけない状況”があったと所属事務所関係者の話も上がっていました。
「介護施設フロンティア」のイメージキャラクターになっていたこともあり、入居先はフロンティアではないかとも言われています。
ホーム入居当初は本人も戸惑いがあったようで、食も細くなり体も小さくなっていましたが、その後は少しずつ環境に慣れ、体調も回復傾向にあるそうです。

中村玉緒さんは、何か病気もされていたのかな?

それは、特に公表はしてないけど、一部報道で2022年に自宅近くをはだしで徘徊していたという情報もあり、認知症では?という情報もあるみたいよ!
中村玉緒と旦那の馴れ初めは?
引用元:中村玉緒Instagram
引用元:oceans
中村玉緒さんと勝新太郎さんの出会いは、「大映」の同期で映画の共演がきっかけです。中村玉緒さん16歳、勝新太郎さん24歳の時に、映画「かんかん虫は唄う」で初共演しています。
その時すでに、中村玉緒さんは勝新太郎さんに惹かれていたようで、ファン心理に近いものだったそうです。
その後、勝新太郎さんのほうから求愛し「結婚を前提にお付き合いを」と勝新太郎さんのマネージャーさんから中村玉緒さんは言われたそうです。
当時の中村玉緒さんは、名優・二代目中村鴈治郎の娘として「上品で大人しいお嬢様」の印象で、一方の勝新太郎さんは、破天荒なスター俳優でした。性格は正反対でしたが、そこにお互いが惹かれ合ったようです。

勝新太郎さんは、中村玉緒さんのどういうところに惹かれたのかな?

それは、「芸ができる女がいい。」と言っており、女優として自立している中村玉緒さんに惹かれたみたいよ!
【画像】中村玉緒は若い頃かわいい!
10代、20代(1949年~1968年)
引用元:中村玉緒Instagram
中村玉緒さんは、京都府京都市左京区出身で、父は大映映画の貴重な脇役でもあった歌舞伎俳優二代目中村鴈治郎さんで歌舞伎町役者の一家で生まれた生粋のお嬢様です。
中村玉緒さんは、1953年本名で松竹作品『景子と雪江』にて映画初出演を果たしています。その後、映画出演の仕事は無かったそうですが、どうしても女優になりたかったため、親戚で大映の重役も兼ねていた長谷川一夫さんに頼み込んで、1954年に大映へ入社しています。
上の画像は、10代の頃の時のものです。とても可愛らしいですね!
引用元:中村玉緒Instagram
中村玉緒さんは、1960年(当時21歳)の時に、『ぼんち』、『大菩薩峠』で第11回ブルーリボン賞 助演女優賞を受賞しています。中村玉緒さんは 1960年代半ばまで、幼馴染の市川雷蔵や山本富士子、若尾文子らスターを支える脇役として活躍しました。当時の中村玉緒さんは甲高く可愛らしい声をしており、純情な娘役を多く演じていました。
中村玉緒さんは、2022年のInstagramにて20代の頃外国に行ったときの写真としてアップしています。「私といえば着物ですからね」とお話しされており、着物がとても好きであったことが確認できます。
1961年には、「人間の條件 完結編」で 避難民少女役を演じています。この作品がヴェネツィア国際映画祭サン・ジョルジョ賞、イタリア批評家賞受賞作品となっています。
上の画像は、20代の頃ものです。若い頃からとても着物が似合っていますね。
引用元:中村玉緒Wikipedia
中村玉緒さんは、1962年(当時23歳)の時に、俳優の勝新太郎さんと結婚をしました。
中村玉緒さんと勝新太郎さんと知り合ったのは、大映時代です。勝新太郎さんが熱烈に求愛し、中村玉緒さんもその気になったそうです。中村玉緒さんは、夫の勝さんに対しては「生まれ変わってもあの人と一緒になりたい」とお話しされており、一途な想いを貫いていることが確認できます。
上の画像は、1962年(当時23歳)の時のものです。中村玉緒さんの可愛らしい笑顔を勝さんがそばで見ていて、微笑ましいですね。

中村玉緒さんが勝新太郎さんと結婚きめた、きっかけは
なんだったのかな?

それは、中村玉緒さんは勝さんに対してファンのような恋心を持っていたそうで、お付き合いする勝さんに会うため東京に通っていた時に、子どもができて、いわゆるできちゃった婚になったみたいよ!
30代、40代(1969年~1988年)
引用元:中村玉緒Wikipedia,中村玉緒Instagram
中村玉緒さんは、1970年(当時31歳)の時に、日本侠客伝シリーズ 第10作『日本侠客伝 昇り龍』に出演をしました。この時中村玉緒さんは、二児の母となり家庭と仕事を両立させながらも、映画やテレビドラマに多数出演していました。
上の画像は、1970年(当時31歳)の時のものです。1970年代は、家庭に重きを置きつつも、母としての顔と女優としての顔を両立させた時期でした。特に「母親像」や「明るく庶民的な女性」のイメージが、徐々に世間にも浸透していきました。
引用元:中村玉緒Instagram
しかし、40代は特に家族の問題で苦労されたようです。1981年(当時42歳)の頃、夫の勝新太郎さんが設立した映画制作会社「勝プロダクション」が倒産し、約12億円〜14億円の負債を抱えました。その後、1982年(当時43歳)に中村玉緒さんが新会社「勝プロモーション」を設立し、自ら社長に就任して借金返済に奔走しています。
借金は25年かけて、中村玉緒さんが返済したそうです。この当時を振り返り、中村玉緒さんは、「お金はなかったけど、人には恵まれました。」とお話しされており、夫の勝新太郎さんの事を悪く言うことはなかったのが確認できます。
上の画像は、ご自身のInstagramにて載せていた40代の時のものです。舞台にもたくさん出演されており、女優としての光と家族の問題での影の部分に翻弄された40代でした。

中村玉緒さんのイメージは、いつも明るいイメージだけど、家族の問題があったのにどうして明るく振舞えたのかな?

それは、中村玉緒さんの信念が「笑顔を絶やさずに生きる」だったことから、いつも明るく過ごしていたみたいよ!
50代、60代(1989年~2008年)
引用元:お笑いナタリー
中村玉緒さんは、1996年(当時57歳)から、『さんまのSUPERからくりTV』(TBS系)にレギュラー出演をしました。この番組での天然キャラが爆発的人気となり、大ブレイクしました。1990代に入り、中村玉緒さんは女優業だけではなくバラエティー番組やテレビCMに出演するようになります。
明石家さんまさんと中村玉緒さんの出会いは、「さんまのまんま」で初共演し、明石家さんまさんとの掛け合いが人気となり、これをきっかけに「おしとやかな女優」のイメージを一変させました。
上の画像は、2018年(当時79歳)の時のものです。明石家さんまさんとは出会ってから25年以上にも渡っての付き合いで、お二人の楽しい雰囲気にとてもほっこりしますね。
中村玉緒さんは、1995年(当時56歳)の時に、「マロニーちゃん」のCM出演をし、この「マロニーちゃん」のフレーズが大人気となり、マロニーを全国区へと広がっています。
この時、当初は「マロニーちゃん」のフレーズは台本にはなく、中村玉緒さんが本番へ向かう際に“マロニーちゃん♪”と歌いながらスタンバイされたのを周りの関係者が見て、このフレーズが出来上がったそうです。
1999年(当時60歳)の時、「最多CM出演女優」に輝きます。上の画像は、2008年(当時69歳)の時のものです。ウキウキしながら買い物する姿と「マロニーちゃん」のフレーズがついつい一緒に口ずさんでしまいますね。
引用元:時事ドットコム
中村玉緒さんは、1997年(当時58歳)の時に、夫の勝新太郎さんを下咽頭(いんとう)がんで亡くしました。
この時、勝新太郎さんの闘病生活が始まってからは、仕事と看病を半分ずつされていたそうです。
上の画像は2013年(当時74歳)の勝新太郎さん17回忌の時のものです。
その時、中村玉緒さんは、「私は愛してましたけど、(勝さんは)妻として気に入ってくれたのかな。愛していると言ってくれたことがないし。でも、私が向こうに行ったら『愛している』と言ってもらいます」と遺影に語りかけていたそうです。
引用元:デイリースポーツ

中村玉緒さんは、どうやって借金を返したのかな?

それは、大手呉服店との着物プロデュース契約や、明石家さんまさんの番組出演を通じて収入を得て完済することができたみたいよ!
70代以上(2009年~)
中村玉緒さんは、2021年(当時81歳)の時に、Instagramアカウント開設と、Youtubeを始めています。
この時、中村玉緒さんは、「81歳ですが、自分も自分で新しい自分を見たい」とお話しされており、新しい事にも興味を持って、楽しんでいたことが確認できます。
上の画像は、2021年(当時81歳)の時のものです。変わらない明るい性格でとても元気をもらえますね。
引用元:中村玉緒Instagram
中村玉緒さんは、2021年(当時82歳)の時に、「徹子の部屋」に出演をしました。
この時、中村玉緒さんは、自身の健康法として「1日2回のスクワットとウオーキング」とお話しされており、健康に気をつけていることが確認できます。
上の画像は2021年(当時82歳)の時のものです。やはり、着物姿が素敵ですね。
引用元:日刊スポーツ
中村玉緒さんは、2023年(当時84歳)の時に、ヒロインを演じた映画「大菩薩峠」4K上映記念のトークイベントに出席をしました。
この時、中村玉緒さんは、「私は雷蔵さんと結婚するつもりだったんだ、いつの間にか主人と結婚してました。」とお話しされており、市川雷蔵さんのことを今でも兄のように慕っていて、また勝新太郎さんのことを今でも愛していることが確認できます。
上の画像は、2023年(当時84歳)の時のもので、このイベント以降公の場で姿を見せていません。中村玉緒さんが表に立つとたちまちみんなを笑顔にするのでこれからも、また表舞台に出てほしいですね。

中村玉緒さんのお仕事以外で好きだったことは何かあったのかな?

それは、パチンコがとても好きなようで、自らも公言していて2002年、サミーよりパチンコ「CR玉緒でドッカン!!」を発表しているみたいよ!
中村玉緒のプロフィール・SNS
引用元:中村玉緒Instagram
プロフィール
- 名前:中村玉緒(なかむらたまお)
- 本名: 奥村 玉緒
- 生年月日:1939年07月12日
- 年齢:86歳(2025年9月現在)
- 出身地:京都府京都市左京区
- 血液型:O型
- 所属事務所:長良プロダクション
SNS
- Instagram URL:https://www.instagram.com/tamao_nakamura/
- オフィシャルサイト URL:https://www.nagarapro.co.jp/talent/tamao-nakamura/


中村玉緒さんがInstagramやYoutubeを始めたきっかけって何なのかな?

自分のことをみんなに知ってもらうことが好きだったり、「ハートマークやコメントをもらうと嬉しい。」とお話しされていて、みんなで楽しいことをすることが好きみたいだね!