夫・大和田獏さんとの出会いはNHK『連想ゲーム』での共演。明るく快活な人柄に惹かれ、1983年に結婚して以降、性格は正反対でも互いを尊重する関係を貫いた結果、2013年には「いい夫婦 パートナー・オブ・ザ・イヤー」を受賞するほどのおしどり夫婦として知られました。
2020年、岡江久美子さんは新型コロナによる肺炎で逝去。2019年末の初期乳がん手術と2020年初頭までの放射線治療で免疫が下がっていた可能性が重症化に影響したとみられます。
一方で若い頃からの美しさは、整った顔立ちに加え、演劇で鍛えた所作や誠実な仕事ぶり、ジャズ活動で培った審美眼が重なって磨かれたもの。『天までとどけ』や『はなまるマーケット』、長年のCM出演で育んだ“健康的で温かな笑顔”は、いまも家族の活動「ばくみほ」とともに記憶に残り続けています。
この記事でわかること
- 岡江久美子さんと大和田獏さんの馴れ初め(『連想ゲーム』共演~結婚)
- 夫婦関係の特徴と「パートナー・オブ・ザ・イヤー」受賞の背景
- コロナ感染・重症化に関する時系列と考えられる要因(免疫低下の可能性)
- 「若い頃が美人」と言われる根拠(所作・仕事姿勢・審美眼など)
- 代表作・長期レギュラーやCM、家族ユニット「ばくみほ」までの要点
【画像】岡江久美子と旦那の馴れ初めは?
岡江さんは1983年(当時27歳)に俳優・司会者の大和田獏さんと結婚をしました。2人が出会ったきっかけは大和田さんがレギュラー解答者として出演していたNHKの『連想ゲーム』でした。

出会った当時の岡江さんの印象を、大和田さんは過去のインタビューで次のように語っています。
「その前からドラマに出ている彼女を見ていて、僕の好きな“楚々とした日本女性”の印象が強かったんですね。でも初めて会ったとき、『よろしくねっ!』という感じで、全然イメージと違った。あれぇ、楚々じゃないじゃん、なんだよ、こいつ、みたいな(笑)。その意外性がかえって僕の興味を引いてしまったのかもしれません」
引用元:婦人公論.jp
2013年11月(当時57歳)には理想の有名人夫婦『いい夫婦 パートナー・オブ・ザ・イヤー2013』に大和田獏さんと岡江久美子さんが選ばれました。
「夫婦の形は、以前からベタベタせず、かといって仲が悪いわけでもなく、という感じです」(大和田さん)
「私たち夫婦は性格が正反対なんです。常に刺激を求める無鉄砲な私と、石橋をたたきすぎて壊してしまうほど慎重な夫。それがかえってよかったのかなあと思いますね。近頃はとくに夫がいてくれるだけで安心できますもん」(岡江さん)
お2人は夫婦円満の秘訣について聞かれてそれぞれそう答えていました。受賞した2013年は結婚30年目だったそうで、2人は芸能界を代表するおしどり夫婦として知られていました。
ギモンくん大和田獏さん、岡江久美子さん夫妻がパートナー・オブ・ザ・イヤーに推薦された理由って何だったんだろね?
カイケツさん一般の方からの推薦理由で目立っていたのは「裏表のない明るいカップル」「お2人とも、お互いを尊重しながら助け合っている様子」などが上がっていたみたい!投票総数1万3,697件が集まったみたい!
岡江久美子のコロナ感染・重症化の原因は?
岡江久美子さんは2020年4月に新型コロナウイルス感染による肺炎のため、63歳で亡くなりました。岡江さんは2019年(当時63歳)の末に初期の乳がんと診断をされており、手術を受けていました。

術後はゴルフができるまでに回復していましたが、2020年1月末から2月半ばまで放射線治療を継続されていました。因果関係は不明ですが、免疫力が低下していたのが、重症化した原因だと思われます。
ギモンくん大和田獏さんと娘の美帆さんは亡き岡江久美子さんが後押ししたユニットを組んで活動しているんだって?
カイケツさん父娘ユニット『ばくみほ』というユニットを組んで難病や障害のある子らのもとに出向き、音楽会を開いたり、歌や物語を届けているみたい!
ユニット名は2人の名前を取ってばくみほで、その真ん中にいる『くみ』は、岡江久美子さんで、夫と娘の活動を後押しする役割みたい!
2023年6月に結成して、美帆さんは以前から障害のある子供向けの活動を続けていて獏さんを誘ったみたい!美帆さんは「私たちも悲しい思いをして、人の温かさが身に染みた。だからこそ母の死を無駄にせず、何かできないかと思った」と岡江さんの不幸を通して思ったみたい!とても素敵な活動だね!
【画像】岡江久美子は若い頃美人!
岡江久美子が「美人」と言われる理由は、整った顔立ちに加え、清潔感と自然体の所作を“努力で磨き続けた”からです。10代で演劇に打ち込み発声と表情のコントロールを獲得、デビュー後も遅刻せず台本を徹底して覚える真面目さで佇まいに品が宿ったイメージです。
20代はジャズ活動でライティングや角度まで自ら演出する審美眼を培い、30代の母親役で醸した温かさ、40代以降『はなまる』や長年の医薬品CMで見せた健康的な笑顔が信頼感を重ね、美しさを普遍化しました。
10代(1966年~1976年)
岡江久美子さんは東京・世田谷区の田んぼに囲まれた町で育ちました。幼少期から1人でお芝居ごっこをしたりして遊んでおり、親御さんが教育熱心で色々と習い事をしていました。
中学校で最初に入った軟式テニス部は、岡江さんには合わずを退部し、演劇クラブに入部をしました。発声練習を中心に活動によく取り組み、アルプスの少女ハイジのクララ役を務めたこともあります。

お芝居好きな岡江さんにある時、転機が訪れます。
1973年(17歳)、高校2年生の時に『水滸伝』のヒロインオーディションを行われることを目にした岡江さん。結果的には落選をしましたが、そこの事務所の方に「芝居の勉強をしてみないか?」と言われたのがきっかけで芸能事務所に所属をしました。
その後、1975年(19歳)にテレビドラマ『お美津』でデビューを果たしました。上の画像1枚目はその当時のもので、2枚目は『お美津』に主演した際の岡江さんです。どちらもとても美人ですよね!
演技がまだ苦手であったことに共演者の方は目をつぶってくれたものの、遅刻しないことと、セリフを覚えることの2点だけは守るように言われていたそうです。ドラマに出演者の中で最年少だったことから、ベテランの俳優さん達にとても可愛がってもらったそうです。
ギモンくん岡江さんはデビュー作のときには初めての演技だったんだよね!
セリフはどうやって覚えたんだろう?
カイケツさん当時は若さと必死さで何とかしたみたいだね!
連想で覚えたり、お風呂など誰もいないところでブツブツ覚えたりもしていたみたい!やはり並々ならぬ努力をしていたんだね!
20代(1976年~1986年)
岡江久美子さんはジャズシンガーとしても活躍をしていました。
1980年代前半にはジャズシンガーを目指して、何度かテレビ番組でも歌っていました。1982年4月(25歳)に発売されたジャズアルバム『YES, I FEEL』では、岡江さんが好きなジャズシンガーの曲を選び、カバーをしました。

1980年代は歌手の秋本奈緒美さんが“ジャズ界の百恵”と呼ばれ、音楽界に勢いがあった時代でした。当時岡江さんも、レコード会社などから「曲を出しませんか?」というオファーを受けたのがジャズシンガーとしてデビューするきっかけでした。
歌手活動は本作のアルバムのみで、岡江さんがジャズシンガーとして活躍していたことは世間ではあまり知られていません。

1985年(29歳)には、江戸川乱歩原作のテレビドラマ『黒真珠の美女』(1985年・テレビ朝日)に出演をし、当時の大スター・天知茂さんと共演をしました。
天地茂さんは明智小五郎役でしたが、岡江久美子さんは天地茂さんに抱っこをされて何メートルも歩くシーンではとても緊張をしたそうで、当時は減量までしたそうです。
天知さんの素顔は役柄と違い、とても気さくだったそうで撮影は緊張しながらも楽しく行えたそうです。
ギモンくん岡江さんはジャスシンガーとして活躍している時に曲だけではなくジャケット写真へのこだわりも強かったんだって?
カイケツさんそうみたい!ジャケットの撮影は、岡江さんはアートディレクターのように全部を仕切っていたみたい!表情やライティングはテスト撮影の段階から「ここをもうちょっとこうした方がいいよね」「この角度はどうかしら?」などと、細かい指示を出していたみたい!
妥協せず最善を尽くすのはプロ意識がとても高いだね!
30代(1986年~1996年)
1991年(35歳)から1999年(43歳)にはTBSで放送されたホームドラマ『天までとどけ』に大家族の母親・丸山定子役として出演をし、この作品で日本中から愛される存在となりました。
『天までとどけ』は岡江久美子さんの代表作のひとつで、岡江さんは8男5女の13人の子供を育てる母親役として出演しました。昼ドラマとしては異例の最高視聴率19%を記録する大ヒット作となり、8年間にわたり全8シリーズを数える人気ドラマとなりました。
ギモンくん『天までとどけ』はテレビで再放送はされていないのかな?
カイケツさん2020年に動画配信サービス『Paravi(パラビ)』で第1シリーズ、全60話を独占配信していたみたいだね!
これまで1度もDVD化されていなくて、近年、 目にする機会もなかった作品を観れた機会があったのは貴重だね!
40代以上(1996年~)
岡江久美子さんは、1996年(40歳)~2014年(58歳)までの17年半もの間、『はなまるマーケット』の総合司会を薬丸裕英さんと共に務めたことで全国区で朝の顔となりました。
当初は数ヶ月間のつなぎ番組の予定だったが、総合司会の2人の軽妙なやり取りが予想外に好評だったため、急遽番組継続が決定したといいます。

放送を1000回迎えた頃、岡江さんはこう話していました。
『優しさや愛が根本にある番組を作っていきたい。これを見て、前向きな、はなまるな午後が送れたらいいですね』
不況で日本に閉塞感が漂い始めた1990年後半〜2000年代に、お得な情報を届けて暖かい家庭のような雰囲気のある『はなまるマーケット』は時代にマッチしたのかもしれないですね。

岡江さんは1975年(19歳)から2020年(64歳)までの45年間、製薬会社の全薬工業にCM出演をしていました。風邪薬『新ジキニン顆粒』やカルシウム剤『カタセ』シリーズなど数多くの医薬品の広告塔として活躍をしました。
特に風邪薬のジキニンシリーズのCMでは「ジキニンでじきに治って!」は岡江久美子さんの定番のフレーズでしたね。
ギモンくん娘の美帆さんは、はなまるのスタジオに行ったことがあるんだよね?
カイケツさん何度かあるみたいだね!お母さんの姿を見るたびにすごいなと尊敬していたみたい!岡江さんはいい意味で力まず繕ろわない性格で、どこのスーパーが安いか比べて買ったりするような方だったみたいだね!
岡江久美子のプロフィール・SNS
- 名前:岡江 久美子(おかえ くみこ)
- 本名:大和田 久美子(おおわだ くみこ)
- 生年月日:1956年8月23日
- 年齢:享年63歳(2020年4月23日逝去)
- 出身地:東京都世田谷区
- 血液型:AB型
- 趣味:料理、読書、映画鑑賞、ピアノ
- 特技:タップダンス
- 所属事務所:スタッフ・アップ

SNS
- オフィシャルサイト URL:https://www.staff-up.net/
ギモンくん岡江さんは料理も上手なんだって?
カイケツさん実は出張で料理をするのも趣味だったみたいね!2019年6月に徹子の部屋に出演した際には出張料理が趣味だということを語っていたみたい!
愛用のスーツケースの中にはたこ焼き器などのセットがあって、それを持って友人宅を訪れ、たこ焼きを振る舞っていたみたい!
岡江久美子の馴れ初めとコロナ重症化要因、若い頃の魅力まとめ
- 1983年に俳優・大和田獏と結婚し、出会いはNHK『連想ゲーム』での共演
- 大和田の第一印象は「楚々とした女優のイメージに反して明るく快活」で意外性が惹きになったとされる
- 2013年に「いい夫婦 パートナー・オブ・ザ・イヤー2013」を受賞し、おしどり夫婦として知られていた
- 夫婦はべたつかず互いを尊重する関係で、性格は正反対だが安心感につながっていたと述べている
- 同賞の推薦理由には「裏表のない明るいカップル」「互いを尊重」が多く、投票総数は1万3697件と紹介されている
- 2020年4月に新型コロナウイルス感染による肺炎で63歳で逝去
- 2019年に初期乳がんで手術し、2020年初頭まで放射線治療を継続していた
- 治療の影響による免疫低下が重症化要因とみられるが因果関係は不明とされる
- 夫・獏と娘・美帆は2023年に父娘ユニット「ばくみほ」を結成し、難病や障害のある子どもたちに歌や物語を届ける活動を開始
- 若い頃が美人と言われる理由は整った顔立ちに加え、清潔感と自然体の所作を努力で磨いた点にある
- 10代で演劇に打ち込み、遅刻せず台本を覚える姿勢が品のある佇まいにつながった
- 20代はジャズ活動とアルバム『YES, I FEEL』で審美眼を養い、撮影ではライティングや角度まで主体的に演出していた
- 30代はドラマ『天までとどけ』で大家族の母を演じ、最高視聴率19%のヒット作で国民的な親しみを得た
- 40代以降は『はなまるマーケット』の総合司会を17年半務め、朝の顔として信頼感を重ねた
- 1975年から全薬工業のCMに出演し「ジキニンでじきに治って!」のフレーズで健康的なイメージを確立した
- 仕事と人柄の両面で愛された存在であり、家族の活動「ばくみほ」と共に温かな遺産が今も受け継がれている



