元バドミントン日本代表の小椋久美子さんは、2011年に元ラグビー選手の山本大介さんと結婚し、2012年に離婚しました。2026年8月現在、再婚を発表した事実はなく、公表されている再婚相手や旦那はいません。
2026年8月に公開されたABEMAの密着企画では、43歳となった小椋久美子さんが、現在の結婚や出産に対する思いを語っています。一方、再婚したことや現在のパートナーについては公表していません。
この記事では、小椋久美子さんの再婚状況、元旦那との馴れ初めや離婚理由、「略奪婚」といわれた背景、子供の有無、現在の活動、若い頃の活躍を整理します。
- 小椋久美子さんは再婚しているのか
- 再婚相手や現在のパートナーは公表されているのか
- 元旦那・山本大介さんとの馴れ初めと離婚理由
- 「略奪婚」といわれた背景と確認できる事実
- 子供の有無と37歳で卵子凍結を決めた理由
- 子ども食堂やバドミントン解説など現在の活動
小椋久美子は再婚してる?再婚相手はいる?
2026年8月現在、小椋久美子さんが再婚したとの発表は確認できません。そのため、再婚相手や現在の旦那として公表されている人物もいません。
2026年8月に公開されたABEMAの密着企画では、43歳となった小椋久美子さんが「パートナーは欲しい」と考えていることを明かしています。この発言からも、少なくとも番組収録時点では再婚していなかったとみられます。
なお、小椋久美子さんは離婚後、結婚を視野に入れて交際していた男性がいたことも公表しました。ただし、その男性の氏名や職業などは明かされておらず、一般人か著名人かも分かっていません。
37歳で卵子凍結を決めた理由
小椋久美子さんは2026年8月、37歳のときに卵子凍結をしたことをメディアで初めて明かしました。
当時は結婚を考えていた男性との将来や、その人との子供を思い描いていたそうです。しかし破局を迎え、悲しい気持ちを前に進めるきっかけにもなるのではないかと考え、卵子凍結を決断したと説明しています。
43歳となった現在はパートナーを望む一方、子供を持つことについては、自身の年齢や子供の将来まで考えて葛藤していることも率直に語りました。
この最新の発言は、ORICON NEWSやABEMA TIMESで報じられています。
子供はいる?
小椋久美子さんに子供がいるとの公表は確認できません。山本大介さんとの結婚生活は約1年半で、2人の間に子供が誕生したとの発表もありませんでした。
卵子凍結をしたことと、現在子供がいることは別の話です。本人が明かしていない妊娠・出産歴を推測することはできません。
小椋久美子の元旦那は山本大介|結婚から離婚まで
引用元:スポーツ報知、JAPAN RUGBY COLLEGE
| 時期 | 出来事 |
|---|---|
| 北京五輪後 | マネジメント会社主催のイベントを通じて知り合ったと報道 |
| 2011年3月 | 山本大介さんと結婚 |
| 結婚約1年後 | 別居 |
| 2012年9月 | 離婚届を提出 |
| 2012年10月 | ブログで離婚を公表 |
元旦那・山本大介との馴れ初め
山本大介さんは、神戸製鋼コベルコスティーラーズなどでプレーした元ラグビー選手です。2人は北京五輪後、小椋久美子さんが山本大介さんの兄が代表を務めていたマネジメント会社のイベントに参加したことをきっかけに知り合ったと報じられました。
小椋久美子さんは2014年放送の日本テレビ系「解決!ナイナイアンサー」で、選手時代はバドミントン以外の世界をあまり知らず、山本大介さんからさまざまな世界を見せてもらったことに刺激を受けたと振り返っています。交際から結婚までは1年に満たない期間だったと説明しました。
馴れ初めは略奪婚だった?
小椋久美子さんと山本大介さんの結婚については、インターネット上で「略奪婚だったのでは」と検索されています。
その背景には、2人の交際が噂された時期に山本大介さんが既婚者だったとする当時の一部報道があります。ただし、小椋久美子さん本人が不倫や略奪婚を認めた事実は確認できません。
交際の開始時期や山本大介さんの前婚の離婚成立時期について、当事者から詳しい説明はありません。したがって、「略奪婚だった」と事実のように断定することはできず、当時そのような報道や噂があったという範囲で捉えるのが適切です。
離婚理由は価値観や生活面の違い
引用元:ORICON NEWS
小椋久美子さんは2012年10月、同年9月に離婚届を提出したことをブログで公表しました。当時は「お互い別々の道を歩んでいくのが最善」と判断したと説明し、具体的な理由には踏み込んでいません。
その後、2014年の「解決!ナイナイアンサー」で離婚を振り返り、価値観の違いが大きかったと語っています。番組内容を伝えた報道によると、主に次のような違いが積み重なったそうです。
- 服装や贈り物などをめぐる金銭感覚
- 練習前の飲酒や仕事上の付き合いに対する考え方
- 毎日の食事作りなど、妻として頑張りすぎたこと
小椋久美子さんは結婚から約1年で別居し、その後約半年を経て離婚したとも説明しています。どちらか一方だけに原因があったと決めつけるのではなく、生活や価値観の小さな違いが重なった結果と考えられます。本人の発言は当時の番組内容を伝えた記事で確認できます。
小椋久美子は現在何してる?

小椋久美子さんは現在、バドミントン解説者、スポーツキャスター、指導者として活動しています。公式サイトでは、東海テレビ「ニュースOne」やメ~テレ「ドデスカ!」へのレギュラー出演、国際大会の解説などが案内されています。
また、2024年4月に日本エアバドミントン連盟の会長へ就任。バドミントン教室や講演を通じて、競技の普及にも取り組んでいます。2016年からは「みえの国観光大使」を務め、出身地である三重県の魅力も発信してきました。
2026年に「つぐみ子どもの食堂」を開設
2026年5月、小椋久美子さんは地元・三重県で「つぐみ子どもの食堂」を始めました。公民館を借りて月に1回開催し、費用の多くを自身で負担しながら、姉夫婦や地域の人と運営しています。
子供に関わる活動を始めた背景には、幼い頃から保育士になりたかったことや、母親の介護を経験したことがありました。2024年には愛知産業大学短期大学通信教育部を卒業し、保育士資格も取得しています。
子ども食堂の活動については、2026年8月にテレビ朝日などで紹介されました。
心理カウンセラーと保育士の資格を取得
小椋久美子さんは2023年に、子供心理カウンセラーとチャイルド心理カウンセラーの資格を取得したことを公式サイトで報告しています。さらに2024年には短期大学を卒業し、保育士試験にも合格しました。
こうした学びが、現在の子ども食堂や子供たちへのスポーツ指導にもつながっています。
【画像】小椋久美子は若い頃もかわいいと話題
小椋久美子さんは、現役時代に潮田玲子さんとの女子ダブルスペア「オグシオ」で活躍しました。実力に加えて親しみやすい雰囲気でも注目され、「若い頃もかわいい」と検索されています。
10代|高校時代から全国大会で活躍
引用元:テレビ朝日
小椋久美子さんは8歳でバドミントンを始め、四天王寺高校へ進学しました。2000年の全国高校総体では女子ダブルス準優勝、2001年の全国高校選抜では女子シングルス準優勝という成績を残しています。
20代|オグシオとして北京五輪5位
引用元:朝日新聞
三洋電機入社後は、潮田玲子さんとの「オグシオ」ペアで日本の女子ダブルスをけん引しました。全日本総合バドミントン選手権では2004年から2008年まで5連覇し、2007年の世界選手権で銅メダル、2008年の北京五輪で5位入賞を果たしています。
2009年は腰痛や右足のけがなどに苦しみ、2010年1月に26歳で現役引退を発表しました。引退後はスポーツキャスターや解説者へ転身し、競技経験を伝える活動を続けています。
30代以降|登山や新たな学びにも挑戦
引用元:CREA
30代以降はバドミントン教室や講演活動を続ける一方、登山にも取り組むようになりました。鈴鹿山系でのトレッキングをはじめ、山をテーマにしたテレビ番組にも出演しています。
引用元:日本エアバドミントン連盟
40代では保育士資格の取得、日本エアバドミントン連盟会長への就任、子ども食堂の開設と、競技以外にも活動の幅を広げています。
小椋久美子のプロフィール
引用元:小椋久美子オフィシャルサイト
| 項目 | プロフィール |
|---|---|
| 名前 | 小椋久美子(おぐら くみこ) |
| 生年月日 | 1983年7月5日 |
| 年齢 | 43歳(2026年8月現在) |
| 出身地 | 三重県 |
| 主な肩書 | 元バドミントン日本代表、スポーツキャスター、バドミントン解説者 |
| 主な資格 | 保育士、子供心理カウンセラー、チャイルド心理カウンセラー |
| 主な役職 | 日本エアバドミントン連盟会長、みえの国観光大使 |
最新の出演情報や活動は、小椋久美子さんのオフィシャルサイトや公式Instagramで発信されています。
まとめ
- 2026年8月現在、小椋久美子さんは再婚を発表していない
- 公表されている再婚相手や現在の旦那はいない
- 元旦那は元ラグビー選手の山本大介さんで、2011年3月に結婚し2012年9月に離婚
- 「略奪婚」とする噂はあるが、本人が不倫や略奪婚を認めた事実は確認できない
- 離婚後に結婚を考えた男性との破局を機に、37歳で卵子凍結を決断した
- 子供がいるとの公表はなく、現在は子ども食堂やバドミントン普及活動にも取り組んでいる
小椋久美子さんは、離婚後も解説や指導を通じてバドミントンに関わり続けてきました。保育士資格の取得や子ども食堂の開設など、現在はスポーツの枠を越えた活動にも力を注いでいます。








