満島ひかりさんは永山絢斗さんと結婚していません。2016年の共演を機に交際が報じられましたが、2018年頃に破局が伝えられ、その後も結婚の事実はありません。一方、満島さんは2010年に映画監督・石井裕也さんと結婚し、2016年に価値観の違いなどを背景に離婚。
現在はフリーで映像・舞台・音楽まで縦横無尽に活動を広げています。
本記事では「結婚してる?」の疑問をまずはっきりさせたうえで、元旦那との関係の時系列、そしてアイドル期のFolder/Folder5から女優へと羽ばたいた若い頃の歩み、代表作や近年の活躍までを写真とともにわかりやすく整理します。読み終える頃には、“カメレオン俳優”と称される表現力の原点と現在地が一気に掴める構成です。
この記事でわかること
- 満島ひかりと永山絢斗の関係(交際の経緯〜破局・結婚の有無)
- 元夫・石井裕也との結婚と離婚理由を時系列で整理
- 若い頃(Folder/Folder5)から女優転身までの軌跡
- 代表作・受賞歴・近年の主な活動トピックス
- 家族・ルーツや好き嫌いなどの人物プロフィール
【画像】満島ひかりは永山絢斗と結婚してる?元旦那との離婚理由は?
満島ひかりは永山絢斗と結婚してる?


満島ひかりさんと俳優の永山絢斗さんは、過去に交際関係にありましたが、結婚はしていません。
二人の関係が公になったのは、2016年5月に週刊誌「FLASH」が交際を報じたことがきっかけでした。もともと2010年の映画『悪人』や2011年のNHK朝ドラ『おひさま』など数々の作品で共演を重ねていましたが、特に2017年公開の映画『海辺の生と死』の撮影が行われた2016年頃に関係を深め、交際に至ったとされています。
しかし、その関係は長くは続かず、2018年8月には同じく「FLASH」によって破局が報じられました。破局の主な理由としては、当時、永山さんがNHK朝ドラ『べっぴんさん』の撮影で大阪に長期滞在していたため、東京を拠点とする満島さんとの間に物理的な距離が生まれ、すれ違いが生じたことなどが挙げられています。
その後、2019年7月に出演したトーク番組で満島さん自身が「私もいい人探さないと」と発言したことから、破局が確実視されました。
近年では、2023年6月に永山さんが大麻取締法違反で逮捕されたこともあり、二人が復縁する可能性は低いと考えられています。
けん満島ひかりさんは今は誰も交際していないの?
のぞみ満島ひかりさんのSNSや公の場での発言では、プライベートな話題、特に恋愛や結婚に関する具体的な情報はあまり明かされてないわ。そのため、最近の恋愛状況については不明な点が多いみたいよ!
満島ひかりと元旦那の離婚理由は?


満島ひかりさんは2010年に映画監督の石井裕也さんと結婚し、その後2016年1月に離婚をされています。お二人の離婚に至った主な理由は、将来に対する価値観の違いであったと言われています。
具体的には、お子さんを望む石井監督に対し、満島さんは当時、女優としてのキャリアが非常に順調で、仕事に集中したいという思いが強かったようです。ドラマや映画、CMなどで多忙を極める中、女優業を優先したいという気持ちと、家庭を築きたいという願いとの間に、少しずつ溝が生まれてしまったのかもしれません。
また、その多忙さゆえに夫婦として過ごす時間が十分に取れず、すれ違いが生じてしまった可能性も指摘されています。
離婚直後に俳優の永山絢斗さんとの交際が報じられたことから、一部では不倫関係が離婚の原因ではないかとの憶測も飛び交いました。しかし、これに対して満島さんの所属事務所は「離婚が成立した後に交際が始まった」と明確に否定しています。
なお、お二人の離婚は双方の話し合いによる協議離婚であり、慰謝料などの問題もなく、円満に成立したとされています。お二人の間にお子さんはいませんでした。
けん満島ひかりさんと石井監督の結婚のきっかけは何だったのかな?
のぞみ満島ひかりさんは石井監督が28歳の若さで手掛けた作品で主演を務めたの。 この作品は、満島さんの演技が複数の映画賞を受賞するほど高く評価されたそうよ。映画の撮影後、2人は急いで距離を縮め結婚を発表したのよ。満島さんは「石井監督の人間性と作品に惚れました」と語り、石井さんも「彼女の才能と人柄に惹かれた」と以上の敬意を強調していたみたいよ!
【画像】満島ひかりの若い頃にタイムスリップ!
10代(1995年~2005年)
満島ひかりさんは、イタリア系アメリカ人の祖父を持つクォーターで、母親は鹿児島県出身、父方の祖母は奄美大島の出身です。両親はともに体育教師という家庭で育ちました。弟には俳優の満島真之介さん、バスケットボール選手の満島光太郎さん、妹にはモデルの満島みなみさんがいます。
幼い頃の満島さんは、大人や周囲の言葉をなかなか信用できず、5歳で家出を試みたこともあったといいます。勉強は得意でしたが、人の言うことをそのまま受け入れることはせず、自分で経験しなければ納得できない性格でした。また、本を読むのが好きで、小説家を志していた時期もありました。
日々感じたことや考えたことは、ノートに書き留めるようにしているそうです。それによって気持ちを整理し、余分なものをリセットするのが習慣となっています。これは、自分の感性や本能を大切にしている満島さんならではのスタイルであり、常に「正直に」「素直に」いることを心がけているからだと語っています。

満島ひかりさんは1997年(当時11歳)、男女混成のアイドルグループ「Folder」としてデビューを果たします。メインボーカルは後に大活躍する三浦大知さん、そして満島ひかりさんは女性メンバーとして歌とダンスに励みました。デビューシングルが10万枚を超えるヒットを記録し、たちまち注目を集めました。
さらに映画『モスラ2 海底の大決戦』でスクリーンにも初登場し、子役ながら堂々とした演技で、早くもその可能性を垣間見せました。
その後、女性メンバー5人で「Folder5」として再編成され、シングル『Believe』などキャッチーな楽曲で人気を博した。沖縄の陽気なリズムとポップなメロディが融合したパフォーマンスは、若者を中心に支持を集めまた。アイドルとして輝かしい活動を続けていましたが、2002年頃、グループは活動休止となってしまいます。

当時の満島ひかりさんの家庭は、決して順風満帆とはいえない状況にありました。父親の失職や家計の不安など、経済的な困難が重なるなかで、彼女は10代ながら現実と向き合い、懸命に芸能活動を続けていたのです。
Folder5の活動休止後、八雲学園高等学校に在学していた2003年9月(当時17歳)からは、インターネット番組『ゼベック・オンライン』のアシスタントとして、本名の「満島ひかり」名義で芸能活動を再開しました。グラビアやバラエティ、司会業など、幅広いジャンルで地道に活動を重ねながら、次第に女優業へとシフトしていきました。
2004年4月(当時18歳)にはヴィジョンファクトリー(現・ライジングプロダクション)の子会社「ぱれっと」に所属し、女優としての本格的な一歩を踏み出す土台を、この時期に築いていったのです。
けん満島ひかりさんが上京したのはいつ頃なのかな?
のぞみオリコンのインタビューによると、満島さんは小学生の頃、Folderに加入した頃に上京したらしいわ。沖縄アクターズスクールのオーディションに合格し、両親を説得して入学を許可したみたいよ!
20代(2005年~2015年)

20代に入った満島ひかりは、本格的に女優への道を歩み始めました。2004年頃から女優業を開始し、2006年(当時21歳)には話題の映画『デスノート』にも出演しました。しかし、この頃はまだ下積み時代で、小さな役から一歩一歩、演技の世界での立ち位置を築いていく日々でした。
2005年(当時20歳)には白ビキニ姿が話題となり、そのナチュラルな美しさでファッションアイコンとしても注目を集めます。しかし、彼女の心は常に「表現者」としてのより深い場所にありました。グラビアやタレント活動を続けながらも、本当にやりたいことへの想いを胸に秘めていたのです。
そして2009(当時24歳)年、満島ひかりの人生を決定づける作品との出会いが訪れます。園子温監督の映画『愛のむきだし』でヒロイン役を体当たりで演じることになったのです。上の写真はその時のものですが、役になりきった彼女は雰囲気が大きく変わりますね。
この作品での彼女の演技は、まさに魂を削るような迫真の表現でした。役に完全に入り込み、観る者の心を揺さぶる演技は、多くの映画関係者や観客に強烈な印象を残しました。この作品で数々の映画新人賞を受賞し、女優・満島ひかりの真の出発点となったのです。

満島ひかりさんは『愛のむきだし』の成功を受けて、オファーが次々と舞い込みます。2010年(当時25歳)の『悪人』では、妻夫木聡との共演で複雑な女性の心情を繊細に表現しました。
同年の『モテキ』では、コミカルな役柄も見事にこなし、演技の幅の広さを見せつけました。2012年(当時25歳)の『北のカナリアたち』では、過去の傷を背負った女性を演じ、観客の涙を誘いました。
2013年(当時26歳)のドラマ『Woman』では、ついに連続ドラマ初主演を果たします。シングルマザーとして必死に生きる女性を演じた彼女の演技は、多くの人の心に深く刻まれました。子どもを愛し、守ろうとする母親の強さと脆さを同時に表現した演技は、幅広い世代から絶大な支持を得ました。

しかし、この華やかな成功の裏で、満島ひかりさんは複雑な想いを抱えていました。「売れたくないので遠回りしたい」と事務所に伝えていたというエピソードが示すように、彼女は単純な人気や成功よりも、自分らしい表現を追求することを重視していたのです。
2010年(当時25歳)には映画監督・石井裕也と結婚し、私生活でも大きな変化を迎えます。しかし、この結婚も2016年に終わりを告げることになります。20代という人生で最も激動の時期に、仕事でも私生活でも様々な経験を積んだことで、その全ての経験が彼女の表現力をより深く、より豊かなものにしていったのです。
けん満島ひかりさんが出演した石井監督の映画のタイトルは何かな?
のぞみそれは2010年公開の『川の底からこんにちは』で主演を務めたのよ。この作品は、石井監督が28歳の若さで手掛けた作品で、満島さんの演技が高く評価され、複数の映画賞を受賞したみたいよ!
30代(2015年~2025年)

満島ひかりさんは2015年(当時30歳)には、実写ドラマ『ど根性ガエル』でアニメキャラクター・ピョン吉の声を担当しました。ドラマ内でアニメが動くという特殊な演出のなか、声のみで感情を伝える難役を軽やかに演じ切り、声優としての新たな一面も評価されました。
2016年(当時31歳)にはNHKのドラマ『トットてれび』で若き日の黒柳徹子さんを演じ、視聴者の心をつかみました。徹子さんの語り口やしぐさ、空気感を巧みに再現しつつ、自分らしさも失わない演技は大きな話題となりました。
翌2017年(当時32歳)のドラマ『カルテット』では、坂元裕二脚本の会話劇の中で、不器用で秘密を抱えた女性を繊細に演じ、共演者との絶妙な掛け合いも含めて高い評価を受けました。
その後も2021年(当時36歳)Netflix『First Love 初恋』では宇多田ヒカルさんの名曲をモチーフにした物語の中で主演を務め、深い愛情や心の揺れを丁寧に表現しました。国際的な視聴者にもその存在を印象づけました。
映画では2017年(当時32歳)に『海辺の生と死』に主演しました。奄美大島出身の祖母のルーツに繋がる物語に、自身の身体ごと深く入り込み、戦争下の恋と命を静かに、しかし力強く描き出しました。
ほかにも『愚行録』など多くの話題作に出演し、日本アカデミー賞優秀助演女優賞を5作品で受賞するなど、演技派女優としての地位をゆるぎないものとしています。

こうした演技活動と並行して、満島さんはCMでも印象的な存在感を放ってきました。たとえば、キリンビールのCMでは自然体で朗らかな笑顔を見せ、見る人の心を和ませました。「生茶」のCMでは静かな品格と透明感を表現し、商品の世界観と調和した美しい映像が話題になりました。
また、UQ mobileのシリーズCMでは「UQUEEN」にふんしてユーモアあふれる演技を披露し、コミカルで親しみやすい一面を全国に届けました。演技だけでなく、表情や声のトーン、間の取り方に至るまで、CMという短い枠でも彼女の表現力の高さが際立っていました。
2018年(当時33歳)以降は、事務所を離れてフリーランスとして活動を開始しました。自身のペースで仕事を選びながら、映像作品だけでなく舞台、音楽、ナレーションなど多彩な分野に挑戦しています。あくまで“自分らしく”を貫くスタンスは、業界内外から高く評価され、彼女に共鳴するクリエイターとのコラボレーションも増えています。
けん満島ひかりさんが芸能界で仲の良い人は誰なのかな?
のぞみそれはマツコ・デラックスさんで、まだ無名だった頃から親交があったみたい。2022年の『マツコ会議』で共演した際には、共に多忙になり始めた時期を振り返り、互いを気にかけていたと語っているわ。タイミングを同じくして注目され始めたことが、2人の絆を深めたみたいよ!
満島ひかりのプロフィール・SNS

プロフィール
- 名前:満島ひかり(みつしまひかり)
- 生年月日:1985年11月30日
- 年齢:39歳(2025年9月現在)
- 出身地:沖縄県沖縄市
- 身長:162cm
- 血液型:A型
- 趣味:音楽鑑賞、旅行、読書
- 特技:ダンス、歌唱
- 所属事務所:フリー
SNS
- Instagram URL:https://www.instagram.com/p/DHYWiOdhT0Y/?img_index=1
- YouTube URL:https://www.youtube.com/watch?v=Ne4kjlplz1c
けん満島ひかりさんが好きな食べ物、嫌いな食べ物は何かな?
のぞみ「甘くて柔らかいデザート全般」が苦手で、特にプリンが一番嫌いだそうよ。2014年6月に『とんねるずのみなさんのおかげでした』の「新・食わず嫌い王決定戦」で設楽統さんと対決した際はジーマーミ豆腐で敗北したそうよ。好きなものはレモンで、普段は皮ごと丸かじりするほど酸っぱいものが好きみたいだね!
満島ひかりの結婚状況(永山絢斗)と離婚理由・若い頃の軌跡まとめ
- 満島ひかりは永山絢斗と結婚していないと本文で明言している
- 2016年に交際報道が出て2018年に破局が報じられている
- 交際の背景には共演の積み重ねと2016年頃の『海辺の生と死』撮影期があるとされている
- 破局理由は大阪と東京の長期滞在による物理的距離などのすれ違いとされている(報道)
- 2019年の本人発言からも交際終了が確実視されている
- 元夫は映画監督の石井裕也で2010年に結婚し2016年に離婚している
- 離婚理由は将来に対する価値観の違いとされ女優業を優先したい意向が背景にあるとされている
- 不倫憶測は所属側が離婚後の交際開始と説明して否定している
- 離婚は協議離婚で円満に成立し子どもはいないと本文に記述がある
- 家族は体育教師の両親のもとに育ちイタリア系米国人の祖父を持つクォーターである
- 兄弟は俳優の満島真之介と元バスケットボール選手の満島光太郎とモデルの満島みなみである
- 1997年にFolderでデビューしデビュー曲が10万枚超のヒットと本文にある
- 映画『モスラ2 海底の大決戦』に子役で出演しその後Folder5として活動し2002年頃に活動休止となっている
- 2003年から司会やグラビアなどを経て女優業へシフトし2004年に所属先で土台を築いている
- 2009年『愛のむきだし』で体当たりの演技が評価され多数の新人賞を受賞している
- 『悪人』『モテキ』『北のカナリアたち』を経て2013年『Woman』
