小渕優子さんの旦那は、TBSで数々のヒットドラマを手掛けてきた瀬戸口克陽さんです。2人は1996年にTBSへ同期入社したことをきっかけに知り合い、2004年に結婚しました。
また、小渕優子さんが「ドリル優子」と呼ばれる由来は、2014年に発覚した政治資金問題の捜査をめぐり、関係事務所で使われていたサーバーのハードディスクにドリルで穴が開けられていたことが報じられたためです。
ただし、小渕優子さん本人がドリルでハードディスクを破壊したわけではありません。政治資金規正法違反事件では元秘書らが起訴されましたが、小渕さん本人は嫌疑不十分で不起訴となっています。
この記事では、小渕優子さんの旦那・瀬戸口克陽さんとの馴れ初めや現在の仕事を中心に、「ドリル優子」の由来とドリル事件の経緯、若い頃やTBS勤務時代、現在の活動までわかりやすく紹介します。
この記事でわかること
- 小渕優子さんの旦那・瀬戸口克陽さんはどんな人物か
- 2人の馴れ初めと2004年の結婚
- 「ドリル優子」と呼ばれる由来と意味
- 2014年の政治資金問題と不起訴までの経緯
- 小渕優子さんの若い頃やTBS勤務時代
- 2026年現在の活動とプロフィール
小渕優子の旦那は瀬戸口克陽!馴れ初めはTBS同期入社
小渕優子さんの旦那は、瀬戸口克陽(せとぐち・かつあき)さんです。
瀬戸口克陽さんは東京大学経済学部を卒業後、1996年にTBSへ入社。ドラマプロデューサーとして数々のヒット作品に携わってきました。
引用元:日刊スポーツ
旦那・瀬戸口克陽の経歴は?
瀬戸口克陽さんは1996年にTBSへ入社し、2001年からドラマプロデューサーとして活躍してきました。
これまでに「GOOD LUCK!!」「花より男子」「華麗なる一族」「99.9-刑事専門弁護士-」などのヒット作を担当。さらに「半沢直樹」や「VIVANT」などの企画立ち上げにも携わっています。
2026年現在は、TBSホールディングス執行役員グローバルビジネス統括を務めるとともに、海外向けコンテンツを手掛けるTHE SEVENの代表取締役社長を務めています。
小渕優子と旦那の馴れ初めはTBS
小渕優子さんと瀬戸口克陽さんの馴れ初めは、1996年にTBSへ同期入社したことでした。
小渕さんは成城大学経済学部を卒業後にTBSへ入社。営業局を経て制作局でも勤務し、「はなまるマーケット」のADなどを経験しています。
一方の瀬戸口さんも同じ1996年入社です。その後、小渕さんは1999年にTBSを退社し、父・小渕恵三さんの事務所へ入りました。
それぞれ政治とテレビという異なる道へ進みましたが、同期としての縁は続き、2004年に結婚しています。
小渕優子と旦那の子供は2人
小渕優子さんと瀬戸口克陽さんの間には、2人の息子がいます。
小渕優子さんの公式プロフィールでも、家族構成は「夫、長男、次男」と公表されています。
子供たちは一般人のため、学校などプライベートな情報については、本人や家族が公式に明らかにしている範囲を超えて追わない方がよいでしょう。
小渕優子が「ドリル優子」と呼ばれる由来は?
小渕優子さんについて検索すると、現在でも「ドリル優子」「ドリル小渕」という言葉が出てきます。
「ドリル優子」という呼び名の由来は、2014年に発覚した政治資金問題の捜査をめぐり、関係事務所で使用されていたサーバーのハードディスクにドリルで穴が開けられていたことが報じられたためです。
インパクトの強い「ドリル」という言葉が広まり、その後も政治資金問題を象徴する呼び名として使われるようになりました。
引用元:女性自身
小渕優子のドリル事件とは?
発端は2014年、小渕優子さんの関係政治団体をめぐる政治資金収支報告書の問題でした。
当時、小渕さんは第2次安倍改造内閣で経済産業大臣に就任したばかりでしたが、後援会が開催した観劇会などの収支をめぐる問題が報じられ、同年10月に経済産業大臣を辞任しました。
その後、東京地検特捜部が捜査し、関係する政治団体の収支報告書について虚偽記載や不記載があったとして元秘書らが起訴され、後に有罪判決を受けています。
なぜ「ドリル事件」と呼ばれるようになった?
捜査の過程で注目されたのが、関係事務所で使用されていたサーバーのハードディスクでした。
このハードディスクにドリルで穴が開けられていたことが報じられたため、政治資金問題そのものと結び付けて「ドリル事件」「ドリル優子」と呼ばれるようになりました。
ただし、「小渕優子さん自身が証拠隠滅のためにドリルを使った」とする事実は確認されていません。
小渕さん側が設置した第三者委員会は、故障して使用できなくなったサーバーをパソコン販売業者に引き取ってもらったところ、業者がハードディスクにドリルで穴を開けていたと説明しています。
さらに、バックアップされていたハードディスクは検察へ提出され、第三者委員会は捜査に支障は生じなかったとしています。
小渕優子本人は不起訴
政治資金規正法違反事件では元秘書らが起訴された一方、小渕優子さん本人は嫌疑不十分で不起訴処分となりました。
そのため、「ドリル事件」という呼び名だけを見ると、小渕さん本人がドリルで証拠を破壊して刑事責任を問われた事件のようにも受け取れますが、実際の経緯とは異なります。
一方で、大臣就任直後に政治資金問題が明らかになったことから政治的責任を問う声は強く、小渕さんは経済産業大臣を辞任しました。
【画像】小渕優子の若い頃|TBS勤務から政界入りまで
小渕優子さんは政治家になる前、TBSで会社員として働いていました。
さらに学生時代には琴や演劇、ゴルフなどにも取り組んでおり、公式サイトでは若い頃の写真も公開されています。
幼少期から琴を続け高校時代に準師範
小渕優子さんは1973年12月11日、小渕恵三さんと千鶴子さんの二女として生まれました。

小学校時代には児童会役員選挙へ立候補したほか、演劇部でも活動。成城学園中学校へ進学した後も演劇部を続けていました。
引用元:小渕優子公式サイト
また、小学校1年生から琴を始め、成城学園高校時代には準師範の試験に合格。「秀優華」の名を授かったと公式サイトで紹介されています。
引用元:小渕優子公式サイト
成城大学では女子ゴルフ部に所属
高校卒業後は成城大学経済学部へ進学し、体育会女子ゴルフ部で活動しました。
引用元:小渕優子公式サイト

1996年3月に大学を卒業し、翌4月にTBSへ入社しました。
TBSでは「はなまるマーケット」のADも経験
TBS入社後は営業局などを経て制作現場でも働き、情報番組「はなまるマーケット」のADを担当した経験があります。
このTBS時代に同期だったのが、後に夫となる瀬戸口克陽さんです。
1999年にはTBSを退社し、当時内閣総理大臣だった父・小渕恵三さんの事務所へ入り、総理秘書を務めました。
父・小渕恵三の死去後、26歳で衆議院議員に初当選
父・小渕恵三さんは2000年5月に亡くなりました。
引用元:時事ドットコム
その翌月の2000年6月、第42回衆議院議員総選挙で群馬5区から出馬し、26歳で初当選しました。
以降、衆議院議員として当選を重ね、2008年には内閣府特命担当大臣、2014年には経済産業大臣などを歴任しています。
引用元:首相官邸
小渕優子は2026年現在も衆議院議員として活動
小渕優子さんは2026年9月現在、52歳。群馬5区選出の衆議院議員として活動を続けています。
2014年の政治資金問題後も選挙で当選を重ね、自民党では組織運動本部長、選挙対策委員長、沖縄振興調査会会長などを歴任しました。
引用元:文春オンライン
自民党公式サイトでは、2026年現在の主な役職として労政局長が掲載されています。
小渕優子さんの公式サイトによると、2026年までに衆議院議員選挙で10回当選しています。
小渕優子のプロフィール・SNS
- 名前:小渕優子(おぶち ゆうこ)
- 生年月日:1973年12月11日
- 年齢:52歳(2026年9月現在)
- 父:小渕恵三(元内閣総理大臣)
- 学歴:成城大学経済学部卒業、早稲田大学大学院公共経営研究科修了
- 前職:TBS社員
- 夫:瀬戸口克陽
- 子供:長男、次男
- 選挙区:群馬5区
- 所属政党:自由民主党
引用元:小渕優子公式サイト
小渕優子のSNS・公式サイト
小渕優子の旦那・馴れ初めとドリル事件まとめ
- 小渕優子さんの旦那はTBS同期入社の瀬戸口克陽さん
- 2人は1996年にTBSへ同期入社し、2004年に結婚した
- 瀬戸口克陽さんは2026年現在、TBSホールディングス執行役員グローバルビジネス統括、THE SEVEN代表取締役社長を務めている
- 「ドリル優子」の由来は、政治資金問題の捜査をめぐりハードディスクにドリルで穴が開けられていたことが報じられたため
- 小渕優子さん自身がドリルで証拠を破壊したと確認された事実はない
- 政治資金規正法違反事件では元秘書らが起訴された一方、小渕優子さん本人は嫌疑不十分で不起訴となった
- 小渕優子さんは2000年に26歳で衆議院議員へ初当選し、2026年現在も群馬5区選出の衆議院議員として活動している











